できる事をやるしかない

アラフォー妻子持ち医師のなんとなく思っている事

先生が言ってくれたから

60代のおばさんの話。

 

腎臓を悪くして、ひどい貧血で、むくんで、息切れがして入院されました。腎臓が悪いことはだいぶ前から分かっていて、私の診察も何度か受けておられ「おそらく寿命が来る前に腎臓がもたなくなると思います。その時は透析しないと命がもちませんよ。」とは告げてありました。「またまた、そんなおっかないこと言って」と本人は半分は脅し文句だと思っていたかもしれません。

  

いよいよ自覚症状がでると「先生が言ってたとおりね、透析しないとだめかしら?」と半分はあきらめ、半分は薄々覚悟ができていた、そんな様子でした。その方にはかれこれ2年は「腎臓が限界になったら透析」と繰り返し伝えておりました。

 

透析なんてしたくて始める方はいません。腎臓がだめになって、やむにやまれず、仕方なく始めるのが正直なところでしょう。ですから、告げられてすぐに決心できる人はいません。聞かされて気分のいい話ではありませんが、1年も2年も前から繰り返しているうちに、あきらめというか、消極的ながらも覚悟ができるのだと思います。

 

そのおばさんは幸か不幸か、透析を始めてまもなく、透析中に胸が苦しくなることが続いて、調べてみると狭心症を患っていることも分かりました。聞けば結構前から胸が苦しくなることもあったそうです。

 

当然、狭心症もほうってはおけない重大な病気です。ですが、そのおばさんは「透析だけでも大変なのに、これから心臓の治療まで受けるなんて、ちょっと考えさせてよ」と踏ん切りが付かない様子。この方に限らず、大変な病気が重なるとアレもコレも全部は受け止めきれないものです。診断が正しいとか治療方針が適切だとか、そういう理屈の問題ではありません、もう、気持ちの整理がつかないのです。

 

ちょっと乱暴だとは思いますが、こんな風にお話させていただきました。

「やりたくないとは思いながら、それでも生きたくて透析するって決めたんでしょう?心臓の治療をためらって手遅れになったらどうするんです。透析するまえに心臓の症状が悪くなってたら、気づかずに手遅れになって命を落としたかもしれない。このタイミングで透析が必要になって、その結果心臓の病気も治せるタイミングで見つかって、コレはまだあなたが命を落とすタイミングではないことのあらわれですよ。恨み言は元気になって戻ってきたら聞きますから、とりあえず治してきてください。」

私の勤める病院では心臓の治療ができないため、その方には近くの別の病院を紹介して送り出しました。

 

ほどなくしてその方は無事治療を終えて、今も元気に透析に通っています。

 

「先生、私ね、もう透析して〇年になったわよ」

「あれ、もうそんなになります?やりたくないって言ってた透析は、やってみてどうですか?」

「まぁ、悪いことばっかりでもないかな。あの時先生が言ってくれなかったらもう死んでたのよね。」

 

今のところ、このおばさんからはまだ、恨み言は言われておりません。